淡々と

行動範囲が狭い主婦の静かな日々のあれこれ。家族のしあわせ、シンプルライフ。

食堂かたつむり

週末にTSUTAYAでDVDを借りてスタバでお茶するのが我が家最大の娯楽。先日マンゴーフラペチーノを飲んだらいつになくミルキーでもったり甘い。調合を間違えたに違いない、と思ったら、いつの間にか紅茶ベースからミルクベースに変わったらしい。名前も「マンゴークリームフラペチーノ」に変わっていた。

昨年「王様のブランチ」の本コーナーで大絶賛されて以来、早く文庫本にならないかな、と心待ちにしていた「食堂かたつむり」。文庫本第一版を早速入手した。

うーん、これは微妙。ハードボイルド男子の夫はまず却下な作品だし、本を貸し借りする友達にも回せないな。売れたからには可愛い装丁以外にも理由があるはずだが。それとも私の感性に問題ありなのか。主人公と同じ25歳くらいの女性だったら共感するのかしら。

全体的に漫画っぽいというかぬるいというか軽いというか、ファンタジー風味でリアリティがない。登場人物がほぼ皆いい人らしいのだが人物像が浅い。そもそも倫子とおかんの確執っていうのが理解できない。おかんは少しルーズだけど根は純粋ないい人で、娘が15歳で家を出なければならないほどの憎悪の対象とはなりえないし、倫子にしたってペネロペみたいにほんわかして牧歌的な田舎がお似合い。そんな子が都会を目指して家出なんて無理。

だいたい一回の食事で人生が変わるほど世の中甘くない。そんな天才肌の料理人だったらインド人の彼だって離れないんじゃないか。まあ確かに私が知るインド人はみな食に関しては保守的で冒険しない。幼少期から食べなれた食材以外は絶対に口にしないから、インド人の彼も倫子の料理に魅力を感じなかったのかもだが。それにしたって部屋からすべてを持ち去り突然失踪されたなら、とりあえず警察に行こうよ、バスケット(どんだけほっこりさんなの、バスケット片手にトルコ料理店にバイトに行くって)と糠床入り壷抱えて実家に帰る前に。ペットとして飼っていた豚の行く末もかなり最初に読めた。嫌な予感的中。

私だけかもしれないが、自分が元気でないと絶対に料理は出来ない。失語症に陥るまで失恋でダメージを受けている状況で、翌日には夢だった食堂オープン構想発表なんてありえない。声が戻るくだりも説得力に欠けるなあ。

この小説の良かったところ。倫子が大切に管理しているキッチンの様子に憧れる。使いやすいキッチンで食材にきちんと向き合い、美味しい料理を丁寧に作り、再びキッチンをピカピカに片付けることを毎日毎日厭わず繰り返す行為は美しいと思う。誰かのためにキッチンに立つことは幸せなこと。倫子のようにバイトして長く使える優秀な台所道具を少しずつ揃えたくなる。

それから倫子は私にどんな飲み物を出してくれるのだろう、と考える。倫子にはその人が飲みたいものがちゃんとわかるのだ。「食堂かたつむり」に登場した料理にはあまり心躍らなかったが(多分同じメニューについて村上春樹が書いたら私も翌日作っていたと思う)、久々にラプサンスーチョンが飲みたくなった。

しかし何が驚いたって番外編として収められている「チョコムーン」なる短編。本編に登場するゲイのカップルの視点で書かれているのだが、これ酷過ぎる。こんな甘ったるい気持ち悪い表面的な「素敵」大安売りの作文を発表して、ゲイを馬鹿にしているのかしら。まったく。素敵って言葉、しばらく使いたくない。こんなくだらない番外編はまったく必要ないよ。たとえ「食堂かたつむり」が大好きな女の子がいたとしても、「チョコムーン」にはドン引きなんじゃないかな。最後にサービスでついてきたデザートが不味くてすべてを台無しに。

柴崎コウ主演で映画が公開中で、これは映像の方が面白いかも。「かもめ食堂」の二番煎じ的に。